MAKIYAMA SADAYOSHI
炎の魂 — 手話に命を吹き込む表現者
魂の炎は消えない。
手話はいのち。届け、この想い。
Profile
牧山 定義(まきやま さだよし)
群馬県前橋市生まれ。ろう一家、3兄弟の末っ子。
群馬県立聾学校に幼稚部から高等部まで通い、高等部卒業。
学歴より裸一貫、実力で社会に勝負しようと孤軍奮闘の日々を歩んできた。
「門がいかに狭かろうと、いかなる罰に苦しめられるようと、
私はわが運命の支配者、わが魂の指揮者なのだ!」
感動映画
愛読書
趣味は読書・映画鑑賞。愛読書は魯迅文学、キング博士・マンデラ大統領の伝記など。 魯迅の名著「阿Q正伝」をろう者風にアレンジした「唖R正伝」(劇)を思索中。
活動歴
Movies
2022
令和4年新年のご挨拶
2022
明けない夜はない
2021
危機の時代を生きる 第3弾
2021
鬼滅の刃&上州ろうあ魂🔥
2021
東京オリパラ手話通訳
2020
新型コロナウイルス 注意喚起特集
※ 各カードをクリックしてもYouTubeへ移動します
Activities
2022
ロシアによる侵略行為に対し、即時停戦を求める声明を発表。障がい者・聴覚障がい者への影響を強く訴えた。
2021
東京オリンピック・パラリンピックにおける手話通訳の在り方について、動画を通じて積極的に発信。
2020
感染拡大防止を呼びかける動画を30本制作・公開。ろう者・聴覚障がい者へも届く情報発信を続けた。
2019〜
全国各地で講演・公演を実施。手話の表現力と生命力を伝え、多くの感動の声をいただいている。
2018〜
手話表現・社会メッセージを発信する動画シリーズをスタート。幅広い世代から支持を集める。
Contact
講演・公演のご依頼、お問い合わせは
以下よりお気軽にご連絡ください。
Essay
ろうあ魂 🔥 伝統手話からの問い掛け
「どうして、みんなは金魚のようにパクパクするの?」
「それは、口で声を出してお話をするからだよ」
幼い頃、私は両親に対してそんな質問をした。不思議に思われるかもしれませんが、私の一家は、両親はじめ、兄弟のすべてがろう者であり、手話で会話する家族。
ところが、ろう学校に入ると、口話優先で、口話が出来ない人は、「人でなしだ!(出来損ないだ!)」と、とんでもない、間違ったことを教え込まされた時代だった!周りの人たちからの無理解で、ひどい差別を受けていた。
「なあ、耳が聞こえなくても、声の代わりの言葉として、手話を生み出した昔のろうあ者はすごいじゃないか」
「聞こえる人と対等に勝負するためには、毎朝、新聞を良く読むこと!」
「キビキビと働くこと!知恵を働かせること!そして、何よりも思いやりの心を持つこと!」
こんな風に、ろうあ者であることに誇りを持てと、けして豊かではない生活の中でも、両親は私たち兄弟に言い続けた。
今、私は両親から、そして諸先輩方から、素晴らしい伝統手話と、ろうあ魂という精神を受け継ぎ、この地に生きている。
漢字に宿る魂
皆さん、「聾」という字の意味をご存知ですか?
耳の聞こえない人たち、つまり私たちのことを「聾」(ろう)といいます。この漢字を見てみますと、「耳」という字の上に「龍」という漢字が書いてあります。
障害児の教育についてまとめられた江戸時代の「病名彙解」という本によると、
「聾は中国古代文字でミミシヒと読み、龍は角にて物音を聞いて、耳にては聞こえざるなり。故に耳の聞こえぬを龍の耳と書く。」
また、「わずかな音でも聞き分けられるすぐれた耳を持っている人」という意味もあるそうです。
ろうあ者である私なりに超訳してみますと——「聾」者は、龍の角のような、すぐれた耳、つまり鋭い感覚を持つ人間という意味で「龍+耳」と書く。
奇しくも、私のろうあの両親は「ろうあ者なのだから、音を頼るな!眼と五感と、鋭い勘を使いなさい」と口を酸っぱくして教えてくれました。これは、私には単なる偶然とは思えません。
今、私たちろうあ者は、現に、その「龍の耳」の鋭い感覚と、私たちのことば「手話」を使って、皆さんと、こうしてお話しているわけです。
龍の耳を持つ者たちへ
私は、私の活動を通じて、全国に公演や講演会で出向くことが多いです。その中で感じることの一つに、「事務的な手話通訳者さんが増えていないか」ということがあります。
通訳者にはやはり「心こそ大切である」ということを訴えていきたいです。純粋な心を持った、フェアーな考え方をできる、ある意味、勇気を持った、手話を学ぶ人たちを応援したい気持ちがあります。
「聾」者は、言葉にならない心の叫びを聴きつかむことの出来る人。そのような人が、龍の耳を持った人だと考えます。
以前は、難聴者、手話を学ぶ人々、手話通訳者は、「自分は、手話を使うからろう者(聾者)である」という言葉を良く使っていました。そんな心を持った人たちは、龍の耳の如く、ろう者の心を見つめて理解し、心から交流しようとしたことで、「龍の耳」を持ったといえるのではないでしょうか。
「龍の耳」を持った人は、相手の苦しみ、悩みを同苦できる人でもあり、そんな人がたくさん社会に増えたら、誰でもが助け合い、仲良く、素晴らしい明日につながると思います。
今後も、牧山は、一ろうあ者として、龍の眼光を少しでも明るく出来るように、日々努力していきたいと思います。
Press
小選挙区の政見放送には手話通訳と字幕が付いているのに、比例選には手話通訳だけで字幕がない。有権者が投票先を判断する重要な政見放送は、全ての人に開かれたものであるべきです。政見放送には手話と字幕を付けることを義務化するべきです。
私と兄の直太はろうあ者です。兄が「アルツハイマー型認知症」と診断された時、退職の日に職場の全員が拍手してくれました。障害も認知症も誰にでも生じる可能性があります。「お互いさま」と、みんなで支え合い共生できる社会をつくろうと思っています。
ろうあ者だった両親の空襲体験と、困難な時代を生き抜く術を約50人の視聴者に伝えた。「聞こえないからこそ考えて生きていく必要がある」「健聴者もろうあ者もお互いに支えていくことが大事」と伝えた。謝礼金はウクライナろう者避難民支援チームに寄付。
ろうあ文化を生かして工夫しながら暮らしてきたら、心が豊かになっていく兄の姿を見られ、うれしくなりました。手話通訳者養成講座より「ろうあ者・難聴者・聴覚障害者サポーター養成講座」を設けるべきです。
けやきウォーク内の「和真メガネ」で、ろうあ者とわかった店長がすぐに筆談で対応。小さな「耳マーク」を大きなポスターにしてほしいとお願いすると、数日後に約束通り貼ってあった。思いやりのある人々が増えれば、誰もが住みやすい社会になる。
ペルーを公式訪問した佳子さまが、スペイン語手話で生徒らと交流。1か月半ほど練習を重ねられたという。「全日本ろうあ連盟」発祥の地、群馬県で生きる一人として、佳子さまの思いを受け止め手話での国際交流の活性化を目指し、世界平和に貢献したいと決意した。
鳥が「お先にどうぞ」という意思をジェスチャーで伝えるという記事を読み、深く感動した。聞こえなくても譲り合い、身ぶりで表現しないとアカンと、ろう者の両親から何度も言われたことを思い出す。ジェスチャーで互いに譲り合う心は全てに良い影響をもたらす。
アルツハイマー型認知症の兄・直太と不在者投票へ。ひどくパニックになりながらも、ちゃんと政党名を書いた兄。「投票は弾丸よりも強い」。認知症などで諦める前に関係者に相談してみてください。郷土の未来のために、投票を!
1945年3月10日、母・昌子さん(当時10歳)は東京大空襲に巻き込まれた。空襲警報が聞こえないろう者の親子を気遣い、石が窓ガラスに投げ込まれ異変を知らせた。「母が手話で語る戦争もリアルで恐ろしいものだった」。これからも障害者の体験を伝え続ける覚悟だ。
1947年、群馬県伊香保温泉に約200人のろうあ者が集まり、方言の違いを越えて「全日本ろうあ連盟」が結成された。手話はろうあ先人たちの血と涙で守り続けたもの。今秋、日本初開催の「東京2025デフリンピック」は全日本ろうあ連盟の悲願だ。
私の夫はろうあ者。目で言葉を聞き、手で言葉を表現します。「言葉の力」には、手話など、あらゆる形の"言葉"も含まれると感じます。今年のデフリンピックを機に、夫は"言葉"の壁を超え、多くの人に創価の哲学を伝えようと決意しています。(妻・富士江)
9月15日は「敬老」の日であると同時に「敬聾(けいろう)」の日でもあります。耳が遠くなっても聞こえなくても、その命は偉大にして無限。ベートーベンのごとく、輝く尊厳の炎が燃えています。敬老・敬聾の皆さま、さらに生き抜け。心の底からお祈りします。
母校・県立聾学校小学部の教室に50年ぶりに立ち、子どもたちへ戦争の講話をした。真剣に私の手話を追う子どもたちのまなざしに、戦争を知らない世代へ語り継ぐ責任の重さを改めて実感した。先人たちの勇気と情熱が、今日のデフリンピックへとつながっている。
ジョン・コーンフォース博士は10代で耳が不自由になりながら、1975年にノーベル化学賞を受賞した。坂口志文教授の座右の銘は「運・鈍・根」。学校や地域で、障害があっても誰でも恐れず挑戦できる環境を社会全体で考え、行動することが求められている。
前を向いてこられたのは、妻・富士江の支えがあったからです。ろうあ者の家族に入ることに戸惑いや悩みも多かったと思います。それでも私の歩む道を理解し、共に生きてくれました。これからも上州の風のように、たくましく、温かく生きていきたい。
桐生の岡遊園地でのライブに「上州ろうあ魂&手話舞くらぶ」として参加。ろうあ者として初めて遊園地ライブの司会を務めた。「見せるための音楽ではなく、真の叫び声を音楽にすることで、あらゆる垣根を越えられる」と実感した。
私はろうあ者で、情報は目から得ています。図書館は地元情報や学び、文化に触れる貴重な場です。筆談やジェスチャー、対応表示など、小さな配慮が利用者の安心と楽しみに直結することを、皆さんにも知ってほしいと思います。
デフリンピックを一過性の盛り上がりに終わらせず、地域社会で何を引き継ぎ、何を改善していくのか。災害時の情報保障、学校や医療現場の手話対応、地域での学びやすさなど、身近な課題は多い。先人の精神を踏まえ、地域から共生の具体策を進めていきたい。
老舗書店で「手話ができます」と声をかけられた。ある店ではダウン症の若者が生き生きと働き、「特別扱いはしていない」と。誰もが排除されることなく自然体でいられる場所。それこそが私が願う「シン・バリアフリー前橋」の姿である。
物価高対策、子育て支援、災害対策など国民生活に直結する課題が山積する中での衆院解散の意向。今こそ私たち主権者は、政治を厳しく監視しなくてはならない。党利党略ではなく、国民のために熟議を尽くし、責任ある政治を実行する姿勢を強く求めたい。
耳が聞こえないことで「猿」とさげすまれた経験がある。身体的特徴で人間性を否定される屈辱にあらがい、尊厳を守り抜こうとする意志。それが私の「上州ろうあ魂」だ。非三原則や平和という命の根幹を、数の力だけで踏みにじることは断じて許されない。
祖父と母は東京大空襲で家族を失い、父は前橋空襲の地獄を生き延びた。音のない世界でただ夜空を焦がす火柱と震動におびえた家族の苦しみは、私の魂に深く刻まれている。暴力の連鎖に、人類の未来はない。日本こそ即時停戦への先頭に立つべきだ。
外交における首相の一挙手一投足は、日本という国家の意思と品位そのものである。私たちが国のリーダーに求めるのは、天皇・皇后両陛下が体現されているような、誠実さと礼節に裏打ちされた「風格」であるはずだ。
相次ぐストーカー殺人。根絶には「精神の変革」を促す教育が不可欠だ。われわれ上州人が大切にしてきた「和の心」を学校教育の場で一貫して学ぶべきではないか。罰則という「鎖」で縛るより、教育という「光」で他者を敬う心を養いたい。
小栗上野介は世界に「日本人の品格」を知らしめ、日本人のイメージを根底から変えた真の開拓者。「幕府が滅びようとも、後に住む日本人のために立派な土蔵を残す」という無私の精神こそ、維新を超えた愛国者の姿。「逆賊」ではなく「真の英雄」として発信すべきだ。