両親がくれた宝物
夏の海が恋しくなる季節になると、聞こえない両親の声と兄弟の弾けるような笑顔を思い出し、涙があふれてくる。私は生まれつき耳が聞こえない。両親も兄弟も、家族全員がろうあ者だった。昭和40年代、障害への理解がなく福祉もまだ手薄だった頃、小さな木工会社で働く父は薄給で、日々の生活はぎりぎりだった。小1の夏、周囲の「海へ行く」という言葉がうらやましくて、私も「海に行きたい」とわがままを言った。父は嫌な顔一つせず、家族みんなを初めての海へ連れていってくれ、CMで有名な伊東のホテルに1泊した。青く広がる大海原は、幼い心に生涯消えることのない感動を刻んだ。後年、あの旅のために父が会社に「前借り」して工面してくれたことを知った。最初で最後となった家族そろっての海の旅。わが子に一生の宝物を、という親としての本気の真心がそこにあった。外国旅行よりもぜいたくなプレゼントをくれた両親への感謝は、生涯変わることがない。子どもを育てている皆さんに伝えたい。親の真心とともに見た海は、子どもの心を一生、温かく照らし続ける宝物になる。