MAKIYAMA SADAYOSHI

上州ろうあ魂

ろうあ
炎の魂

手話に命を吹き込む表現者🔥

ろうあ魂の炎は永遠‼️ いのちの手話‼️
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速報

🔥 魂の声が致知に轟く!

人間学を学ぶ月刊誌「致知」2026年7月号 特集に掲載!!

致知2026年7月号表紙
致知掲載ページ 致知掲載ページ続き

【感謝コメント‼️】

いつも「上州ろうあ魂」の活動を温かく見守り、力強く支えてくださる皆さまに、心からの感謝を込めて特別なご報告と御礼を申し上げます‼️

この度、人間学を研鑽する全国誌『致知』に、私たち「ろうあ先人」の生き方や、私の家族への想いを綴った手紙が大きく取り上げられ、掲載されましたことをご報告いたします‼️

今の私たちがあるのは、数々の偏見や困難の中で、血の涙を流しながらも命懸けで道を切り拓いてくださった「ろうあ先人」の皆さまのおかげです。その尊い歩みへの深い感謝を胸に、私は「上州ろうあ魂」として歩み続けてまいりました‼️

「耳がきこえなくても、口がきけなくても、文字を読み、書く力があれば、私たちはどこまでも心を通わせ、強く生きていける」

本誌には、私の人生の土台を作ってくれた最愛のろうあの両親への報恩、長年支え合ってきた家族への想い、構造に関関係なく「人として立派に生きる」という温かい決意が刻まれています‼️

日頃から温かく支えてくださる手話関係の皆さま、手話サークルの皆さま、共に歩むろうあ者の仲間たち、応援してくださるすべての皆さま‼️

皆さまの並々ならぬご支援と熱い想いがあったからこそ、この魂の声を『致知』という最高の舞台を通じて全国へ届けることができました。この栄誉は、皆さまと共にいただいたものと確信しております‼️

ろうあ先人たちの熱き想い、一文字一文字に込められた「心の温もり」を、ぜひ誌面(画像)を通じて受け取っていただければ幸いです‼️

これからもこの大きな喜びと感謝の念を忘れることなく、一歩一歩力強く歩んでまいります‼️今後とも応援をよろしくお願い申し上げます‼️

上州ろうあ魂 牧山定義

致知 CM動画

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全日本ろうあ連盟発足!
ろうあ魂、歴史の夜明け

— 1947年5月25日 全日本ろうあ連盟発足の地 —

闇が深くなるほど、陽が近づく。
苦難を超え ろうあ者の力で結成した ろうあ魂の黎明なのだ!
先人たちは、焦土を踏みしめ立ち上がった!その魂を見よ!

1947 5月25日 結成 群馬県 伊香保温泉・木暮旅館

炎のプロフィール

牧山定義

牧山 定義(まきやま さだよし)
群馬県前橋市生まれ。ろう一家、3兄弟の末っ子。群馬県立聾学校 高等部卒業。

学歴より裸一貫、実力で社会に勝負しようと孤軍奮闘の日々を歩んできた。趣味は読書・映画鑑賞。愛読書は魯迅文学、キング博士・マンデラ大統領の伝記など。魯迅の名著「阿Q正伝」をろう者風にアレンジした「唖R正伝」(劇)を思索中。

「門がいかに狭かろうと、いかなる罰に苦しめられるようと、私はわが運命の支配者、わが魂の指揮者なのだ!」
— 映画『インビクタス』より
出身群馬県前橋市
活動全国講演・公演・ろうあ魂語り部

【主な活動歴】

〜現在元・全日本ろうあ連盟青年部中央委員会研究調査部長 / 芸能業界初「ろう者芸能コース」1・2期生
1987年全国ろうあ青年研究討論会にて『赤城太郎』上演
2006年関東ろうあ大会にて『知られざる全日本ろうあ連盟発足秘話!』上演
2015年第63回全国ろうあ者大会 in ぐんま『上州ろうあ物語』上演
2017年第65回全国ろうあ者大会 in FUKUOKA『手話はいのち・発足秘話!』上演

魂の動画

炎よ、届け!魂の叫びを見よ!

YouTube で魂の動画をどうぞ!

魂のエッセイ

01
伝統手話からの問い掛け

どうしてパクパクなの?

「どうして、みんなは金魚のようにパクパクするの?」「それは、口で声を出してお話をするからだよ」

幼い頃、私は両親にそんな質問をした。私の一家は全員がろう者であり、手話で会話する家族だったからだ。ところが当時のろう学校は口話優先であり、口話ができない人は差別や無理解にさらされる時代だった。

「耳が聞こえなくても、声の代わりの言葉として手話を生み出した昔のろうあ者はすごいじゃないか。聞こえる人と対等に勝負するために、毎朝新聞をよく読み、知恵と思いやりの心を持ちなさい」

生活が苦しい中でも、両親は私たち兄弟にそう言い続け、ろうあ者であることに誇りを持たせてくれた。私は両親や先輩方から受け継いだ素晴らしい伝統手話と「ろうあ魂」を胸に、この地に生きている。

02
漢字に宿る魂

龍+耳『聾』

龍+耳

「聾(ろう)」という漢字は、「耳」の上に「龍」と書く。江戸時代の『病名彙解』によれば、「龍は角にて物音を聞いて、耳にては聞こえざるなり。故に耳の聞こえぬを龍の耳と書く」とあり、わずかな音も見分けられる優れた耳(感覚)を持つという意味があるという。

私の両親も「音に頼るな、眼と五感と鋭い勘を使いなさい」と口を酸っぱくして教えてくれた。私たちはその「龍の耳」の鋭い感覚と言葉である「手話」を使って、今も力強く社会と対話している。

03
龍の耳を持つ者たちへ

龍+耳『聾』続編

全国で講演を行う中で、事務的な手話通訳が増えていないか懸念している。通訳には「心こそ大切」であり、純粋な心でろう者の心を見つめようとする人こそが、本当の意味で「龍の耳を持った人」になれると確信している。相手の苦しみや悩みに同苦できる人が増えれば、より素晴らしい社会になる。一ろうあ者として、今後も日々努力を重ねていきたい。

新聞掲載記事

上毛新聞2026.07.17

両親がくれた宝物

夏の海が恋しくなる季節になると、聞こえない両親の声と兄弟の弾けるような笑顔を思い出し、涙があふれてくる。私は生まれつき耳が聞こえない。両親も兄弟も、家族全員がろうあ者だった。昭和40年代、障害への理解がなく福祉もまだ手薄だった頃、小さな木工会社で働く父は薄給で、日々の生活はぎりぎりだった。小1の夏、周囲の「海へ行く」という言葉がうらやましくて、私も「海に行きたい」とわがままを言った。父は嫌な顔一つせず、家族みんなを初めての海へ連れていってくれ、CMで有名な伊東のホテルに1泊した。青く広がる大海原は、幼い心に生涯消えることのない感動を刻んだ。後年、あの旅のために父が会社に「前借り」して工面してくれたことを知った。最初で最後となった家族そろっての海の旅。わが子に一生の宝物を、という親としての本気の真心がそこにあった。外国旅行よりもぜいたくなプレゼントをくれた両親への感謝は、生涯変わることがない。子どもを育てている皆さんに伝えたい。親の真心とともに見た海は、子どもの心を一生、温かく照らし続ける宝物になる。

公明新聞2026.07.08

社会に彩り与えてくれた公明党

石油製品不足の影響で一部の食料品のパッケージが白黒化しているという。私はそこに不穏な「戦争の足音」を覚える。本紙コラム「北斗七星」(5月26日付)で触れていた通り、戦争は世界から色彩を奪うものだからだ。私の父母は東京と前橋の空襲を生き延びた体験者だ。しかし、両親、きょうだい全員がろうあ者であるわが家にあって、社会の理解が全くない戦後の時代を生き抜くためには想像を絶する苦労があった。激しい差別の中で医者にもかかることができず、幼い2人の兄姉を亡くした。この時代の当事者を取り巻く世界は、血の涙が流れる“暗黒”だった。救いの手を差し伸べてくれたのは公明党だった。小さな声に寄り添い、電話リレーサービスや手話言語の普及、デフリンピック開催などを推進してくれた。この深き慈悲の政治のおかげで、私たちは“色のある世界“を生きられている。心から感謝を申し上げたい。戦争が起これば、すべてが灰じんに帰す。公明党よ、これからも平和のとりでとして、誰もが輝ける未来を断固守り抜いてほしい。

上毛新聞2026.06.22

手話で交流のマルシェ

14日に前橋市で開かれた「みんなde Signマルシェ手話が公用語の1日」に参加した。聾学校の卒業生として、また聴導犬の理解を社会に広める応援のためだ。会場でのデモンストレーションを通じ、耳に障害のある人の暮らしを支える聴導犬の頼もしい姿と、普及の必要性を改めて強く実感した。寝たきりの娘さんと共に店に立っていたご家族は、娘のために大豆のピューレを開発し、今では多くの場所で流動食や介護食として役立っているという。愛から生まれた知恵に、胸が熱くなった。私もピューレを試食した。ご家族は手話はできなくても、私の心に寄り添ってくれた。さまざまな人間がいてこそ、知恵を出し合い補い合える。お互いさまの精神で、障害も国籍も超え、全ての命を大切にすることをマルシェが教えてくれたように思う。

上毛新聞2026.06.08

母校の進化に涙

先日、妻と県庁32階で景色を眺めながら弁当を食べようとした時のこと。同じフロアに県の動画・放送スタジオ「tsulunos(ツルノス)」があった。その大型画面に「群馬県立聾学校」の大きな文字が表示されているのが目に飛び込んってきた。私は42年前の卒業生。驚きと喜びに突き動かされ、スタジオに駆け寄った。中では手話通訳付きの生配信をしていた。表情が硬い通訳者に向かって、私はガラス越しに「もっと顔で表現して!」と手話で熱いエールを送った。するとハッと笑顔になり、見事な表現で手話を紡ぎ出した。終了後、出演していたのが同校の教諭で、校長もいたと知った。手話ができる先生の熱意に胸が熱くなった。配信画面が映し出す今の授業は、私の時代には想像もつかないほど工夫され、輝いていた。「大学進学など夢のまた夢」と阻まれた昔の悔しさが吹き飛び、母校の進化にうれし涙がこぼれた。もう一度入学し、受験に挑みたいほどの気持ちだった。聞こえないまま関係ない。未来に堂々と羽ばたける学校であれ!後輩たちには無限の可能性がある。引き続き母校を応援していきたい。

東京新聞2026.05.26

園芸ネットでツバメ守る

わが家には毎年玄関にツバメがやってきます。無事に巣立つ年もあれば、カラスに襲われ、全滅してしまう悲しい年もありました。「どうしても、この子たちを守りたい!」。その一心で数年前、夫婦である作戦を思いつきました。玄関に「窓辺用の園芸ネット」を張るー。網目は20センチ四方。ツバメはスイスイ通り抜けられますが、カラスはこれ以上近づけません。この「守りのカーテン」は大成功!それからは毎年、一羽も欠けることなく元気に巣立っています。旅立ちの日はみんなが電線に並び、私たちの頭上を何度も旋回します。「あれはサヨナラの挨拶だよね」と妻。「守ってくれてありがとう」と伝えているのでしょうか。今年も羽ばたくその日まで、心からのエールを送り続けたいと思います。

上毛新聞2026.05.08

母の人生語り継ぐ

母が逝って19年。花を手渡すことはもうできない。今は母の壮絶な人生を語り継ぐことが、天国への最大の贈り物だと思っている。私の家族は祖父から私のきょうだいまで、全員がろうあ者だ。母は東京大空襲で孤児となり、前橋で生きた。激しい差別を受け、5人の子どものうち2人は「親がろうあ者だから」と受診を拒まれて命を落とした。母はそれを生涯背負い続けた。それでも母は凜として言った。「聞こえないからこそ読み書きを磨け」と。真心で尽くせば、聞こえる人と必ず心は通じると話した。私はその言葉に反発し権利を求めて運動に奔走した。親孝行など二の次だった。手話やデフリンピックが脚光を浴びているが、形ばかりの理解が進んでいるように思う。母が説いた「魂の交流」が置き去りにされていないか。お母さん、あなたが守り抜いたこの命で、私は真心で人とつながる。それがあなたと私の「いのちの約束」だ。

上毛新聞2026.04.15

小栗は真の英雄だ

2027年のNHK大河ドラマの題名が『逆賊の幕臣』と報じられ、高市朝庁の企画展でもその名が躍っています。しかし、郷土の英雄を「逆賊」と呼び、悲劇性ばかりを強調する現状に、私は憤りを禁じ得ません。これは先駆者への冒涜ではないでしょうか。小栗が幕末に渡米した際、米国の詩人ホイットマンは彼の姿を「文明そのものが歩いているようだ」と称賛しました。当時の米国紙も、堂々とした立ち振る舞いや知性に「洗練された民族」と絶賛したのです。小栗こそ、世界に「日本人の品格」を知らしめ、日本人のイメージを根底から変えた真の開拓者です。そして彼のまなざしは常に「未来の日本人」に向けられていました。造船所建設に際し「幕府が滅びようとも、後に住む日本人のために立派な土蔵を残す」と語った無私の精神こそ、維新を超えた愛国者の姿です。今の日本の近代化は、彼が命懸けで築いた土台の上にあります。これほどの偉人を、いまだに新政府側の物差しである「逆賊」という言葉で縛り付けるのは、後世の恥です。観光用の悲劇として消費するのではなく、時代を創った「真の英雄」として、その誇りを正々堂々と世界に発信すべきです。

上毛新聞2026.04.04

罰則よりも教育で

相次ぐストーカー殺人に心が震える。亡くなった方や遺族の無念はもちろん、加害者の家族が背負う苦しみを思えば、悲劇が奪うものの大きさに戦慄を覚える。警察の介入も重要だが、根絶には「精神の変革」を促す教育が不可欠だ。行為の根底には相手を私物化しようとする執着心がある。今こそ、われわれ上州人が大切にしてきた「和の心」を、学校教育の場で一貫して学ぶべきではないか。本県ゆかりの先人に学びたい。非業の死を遂げながらも日本の近代化に尽くした小栗上野介忠順や、終戦という国難に「和」をもって当たった鈴木貫太郎。彼らの根底には、私欲を捨て、大局を見て自己を律する強い精神性があった。世界一流の本に学び、視野を広め、心を空のごとく広く持つ。映画「男はつらいよ」の車寅次郎のように、相手の幸せを第一に考え「あばよ」と身を引く「引き際の美学」もまた、武士道に通じる上州人の気風ではないか。罰則という「鎖」で縛るより、教育という「光」で他者を敬う心を養いたい。失恋を糧に、互いの門出を祝える精神豊かな社会を築くことこそが、悲劇を断つ唯一の道だと信じている。

上毛新聞2026.03.24

首相の振る舞いに失望

先日の日米首脳会談で、高市早苗首相がトランプ大統領に対し、握手もそこそこに「一目散のハグ」を交わした姿が報じられた。この光景に「外交上の度胸」と評価する向きもあるようだが、私は一国民として、言いようのない恥ずかしさと失望を禁じ得ない。外交における首相の一挙手一投足は、単なる個人の感情表現ではなく、日本という国家の意思と品位そのものである。相手が誰であれ、まずは凛としたたたずまいで対面し、堂々と渡り合うのが一国の代表としての務めではないか。相手の反応を待たずに飛び込むような姿は、親愛の情というより、主体性を欠いた過度な追従、あるいは卑屈な演出にさえ映り、国家の威厳を損なうものだ。私たちが国のリーダーに求めるのは、目先の親密さを誇示する軽薄なパフォーマンスではない。天皇、皇后両陛下が体現されているような、誠実さと礼節に裏打ちされた「風格」であるはずだ。言葉にせずとも伝わる品格こそが、真のリスペクトを勝ち取る鍵となる。

東京新聞2026.03.24

政治の暴走見過ごすな

37年ぶりとなる予算委分科会の見送り…。この異例の事態に国会が壊れていくような強い危機感を覚える。122兆円を超える巨額の予算案がわずか59時間の審議で衆院を通過した。国民の税金の使い道を精査する場を奪い、数の力で押し切るやり方は、主権者に対する背信行為にほかならない。「スピード成立」は政権の都合であり、国民の願いではない。政治資金を巡る疑惑にふたをしたまま、議論を「手続きの消化」と見なす今の政治には、言葉の重みも誠実さも感じられない。国民を無視した「与党ファースト」の拙速な審議は、民主主義を根底から揺るがす異常事態だ。議論を尽くす手間を惜しむ政治家に国を語る資格はない。私たちは、この傲慢な政治の暴走を断じて見過ごしてはならない。

上毛新聞2026.03.05

空襲の悲劇繰り返すな

2月28日、米国とイスラエルによるイラン攻撃が始まった。核開発阻止を掲げるが、実態は武力で主権を踏みにじる「力による現状変更」に他ならない。ロシアのウクライナ侵攻と同じ構図ではないか。私の家族は祖父、両親、きょうだい全員がろうあ者である。祖父と母は東京大空襲で家族を失い、父は前橋空襲の地獄を生き延びた。音のない世界でただ夜空を焦がす火柱と震動におびえた家族の苦しみは、私の魂に深く刻まれている。イランの小学校で100人を超える児童が犠牲になった報道に震え上がった。かつてこの国で響いた叫びが、今、中東で繰り返されている。この悲劇を「戦略」という言葉で片付けることは、文明の敗北である。メディアは戦況や経済ばかりを語らず、奪われる命の尊厳を直視しなければならない。戦争被爆国であり、空襲の焦土から立ち上がった日本こそ、沈黙を破り即時停戦への先頭に立つべきだ。暴力の連鎖に、人類の未来はない。

上毛新聞2026.02.12

数の力で踏みにじるな

自民党が単独過半数を得た今回の衆院選。メディアが「惨敗」や「責任」という言葉で敗者をたたき、勝者をたたえる狂騒に、激しい憤りを覚える。この熱狂は力で全てをねじ伏せるトランプ米大統領流の危うさと重なり、背筋が凍る思いだ。私は耳が聞こえない。かつてそのことで「猿」とさげすまれた経験がある。身体的特徴で人間性を否定される屈辱にあらがい、尊厳を守り抜こうとする意志。それが私の「上州ろうあ魂」だ。音が聞こえないからこそ、言葉の裏にある権力の傲慢さや、金に汚い議員たちが数の力で不祥事にふたをしようとする様を冷徹に見つめている。非核三原則や平和という命の根幹を、多数決という「数」だけで踏みにじることは断じて許されない。魯迅の『阿Q正伝』のように、強い者に巻かれて安心する「精神勝利法」は、やがて取り返しのつかない破滅を招く。上毛新聞は地元の公器としてこの熱狂に加担してはいないか。権力を彩るのではなく、声なき者の不安に寄り添う良心のとりでであってほしい。私はこの狂騒に決してうなずかない。力と金にまみれた政治を許さず、監視の目を光らせ続けること。それが「阿Q」にならないための、私の最後の抵抗である。

上毛新聞2026.01.29

受験期に選挙とは

上州では昔から人情と義理を大切にしてきた。困っている人がいれば気にかけ、節目の時には支え合う。それが地域の誇りでもある。だからこそ、受験期と重なる今回の衆院解散総選挙には首をかしげてしまう。大学入試は若者が長い時間をかけて準備してきた大切な日だ。特に地方で学ぶ若者にとっては、家族や周囲の思いも背負った勝負の場であると思う。その時期に選挙をするという。政治が若者に寄り添っているのかを考えさせられる。期日前の投票という制度はある。制度があればそれで良いという話ではない。上州の人情と義理の感覚からすれば、大切な時期を迎える若者をまず気遣うのが筋ではないだろうか。政治に人の心が通う判断を望みたい。

公明新聞2026.01.27

要望への迅速な対応に深い感動

昨年12月、東京で開催された「ろう者クリスマスパーティー」の折、私は公明党の山口那津男常任顧問に一つのお願いをしました。常任顧問のお父様の勧めで作家・新田次郎氏が執筆したという小説『ある町の高い煙突』の同名映画のDVDに、ぜひ字幕を付けてほしいと。すると山口氏、その場で映画会社に連絡していました。パーティー終了間際、1本の電話が入りました。「来年(2026年)中に、字幕付きDVDを作製します」ー次の予定のため会場を後にしていた山口氏からでした。あまりの迅速な対応に深い感動を覚えました。字幕は、私たちろう者にとって特別な配慮ではありません。人間として対等に、文化や歴史とつながるための扉です。大切なことは、「できる」「できない」で人を見るのではなく、一個の人間として尊重できるかどうかです。その点、公明党は、私たちを哀れみや同情の対象としてではなく、一人の人間として見てくれる政党だと感じています。人間の尊厳を大切にし、”声にならない魂の叫び“を受け止め、行動で示してくれる政党だと、一人でも多くの方に伝えていきたいと思います。

東京新聞2026.01.17

党利党略で解散するな

高市早苗首相が衆院解散の意向であると突然、報じられた。物価高対策、子育て支援、災害対策など国民生活に直結する課題が山積する中で、このような動きは本当に国民のための判断なのか。疑問を抱かざるを得ない。とりわけ与野党の一部政党の動きを見ていると、政策論よりも各党の立場や選挙を見据えた戦略が優先されているように映る。民主主義において政党と議員は、まず国民の暮らしと将来を真剣に考える存在であるはずだ。いったい何のための国会議員なのか。その原点が問われている。今こそ私たち主権者は、政治を厳しく監視しなくてはならない。党利党略ではなく、国民のために熟議を尽くし、責任ある政治を実行する。政党にはそんな姿勢を強く求めたい。

上毛新聞2026.01.14

バリアフリー前橋への願い

4日に夫婦で前橋の街を歩き、心温まる二つの光景に出合った。老舗書店の喚乎堂で、店員の方から「手話ができます」と声をかけられた。ろう者の私と聞こえる妻。手話を通じて自然と会話が弾み、新年早々、胸も弾んだ。その後訪れたスープなどを提供する店「More Soup(モアスープ)」では、ダウン症と思われる若者が生き生きと働いていた。店側は「特別扱いはしていない」と語る。聞こえない、話せないという理由で「働きたくても働けない」経験をしてきた私にとって障害を個性の一つとして当たり前に受け入れるその姿勢に、真の人情を見た。日本では、福の神として知られる恵比寿様や仙台四郎など障害のある存在が、「福」や「希望」の象徴として親しまれてきた。こうした文化は世界に誇れる日本ならではの「和の心」ではないだろうか。誰もが排除されることなく自然体でいられる場所。それこそが、私が願う「シン・バリアフリー前橋」の姿である。この温かな光景が群馬県全体に広がり、障害の有無を超えて手を取り合える街づくりが進むことを、心から願ってやまない。

上毛新聞2026.01.03

運転は「確実に、安全に」

12月26日夜、みなかみ町の関越道で発生した計67台に及ぶ多重事故の報に、激しい衝撃と深い悲しみを覚えている。年末年始を家族と過ごすはずだった方々の無念を思うと言葉もない。事故の原因は圧雪状態によるスリップと、前方の事故に気付いてブレーキを踏んでも間に合わなかった多重追突のようだが、根底には「自分は大丈夫」という油断があったのではないだろうか。「事故は一瞬、後悔は一生」「守るべきは時間ではなく、命」という言葉を、今こそ全てのドライバーが胸に刻むべきだと強く訴えたい。音情報の乏しい私たちろうあ者にとって、視覚は命綱だ。特に過酷な雪道では、目を研ぎ澄まし、路面の光り方や他車の挙動から危険を察知するカが求められる。「聞こえないからこそ、誰よりも用心し、油断を排する」という覚悟が、自分と大切な人の命を救うと信じている。聞こえる者でも聞こえない者でも、「だろう運転」が命取りになることに変わりはない。年末年始の移動が続く中、1分1秒を急ぐよりも、確実な安全を選んでほしい。悲劇を繰り返さないために、全ての人がハンドルを握る責任を再確認することを切に願う。

東京新聞2025.12.18

ろう者に優しい社会に

東京デフリンピックが多くの感動を生み、地域でも応援の輪が広がった。今後の共生社会を考える上で、もう一つ見つめ直すべき原点がある。1947年、群馬県・伊香保温泉の木暮旅館にろうあ者が集まり、全日本ろうあ連盟が結成された出来事だ。戦後の困難な時代に「情報を得る権利」を求め、地域から声を上げた市民の行動が、現在の手話通訳制度や各自治体の支援策の礎をつくった。デフリンピックを一過性の盛り上がりに終わらせず、地域社会で何を引き継ぎ、何を改善していくのか。災害時の情報保障、学校や医療現場の手話対応、地域での学びやすさなど、身近な課題は多いのだ。80年近く前に立ち上がった先人の精神を踏まえ、地域から共生の具体策を進めていきたい。

上毛新聞2025.12.16

誰もに配慮した図書館を

県内の公共図書館での体験を通して、利用者への丁寧な配慮の大切さを改めて感じました。館長が、聞こえない者への対応表示の設置を前向きに検討してくださり、心から感謝しています。私はろうあ者で、情報は目から得ています。字幕の少ないテレビや映画では楽しみが限られますが、図書館は地元情報や学び、文化に触れる貴重な場です。障害の有無や国籍にかかわらず、誰もが安心して利用できる図書館であることは、地域に根ざした公共施設として非常に重要です。筆談やジェスチャー、対応表示など、小さな配慮が利用者の安心と楽しみに直結することを、皆さんにも知ってほしいと思います。

上毛新聞2025.11.20

支えてくれる妻へ

私はろうあ者で、亡き祖父、両親、きょうだいも全てろうあ者です。祖父は気骨ある明治人、両親は戦前の昭和人。その生きざまに学び、私は「上州ろうあ魂」という言葉を胸に生きています。長兄の直太兄は重度認知症で、デイサービスでもコミュニケーションが難しく、家族としても日々苦労が絶えません。それでも前を向いてこられたのは、妻、富士江の支えがあったからです。彼女は聞こえる人として、異なる文化と環境の中で育ちました。ろうあ者の家族に入ることに戸惑いや悩みも多かったと思います。それでも私の歩む道を理解し、共に生きてくれました。11月13日は富士江の60歳の誕生日。長い間本当にありがとう。これからも上州の風のように、たくましく、温かく生きていきたい。不器用な私ですが、感謝の思いをここに記します。

上毛新聞2025.11.04

初の遊園地ライブ司会

10月25日桐生が岡遊園地で開催された「渡良瀬ライブサークル 弾き語りライブ」に、「上州ろうあ魂&手話舞くらぶ」として参加しました。私はろうあ者として初めて遊園地ライブの司会を務めました。ろうあ者がコンサートの司会を担当する例はほとんどありません。依頼してくださった主催者の期待に応えるため、声の代わりに全身で表現しました。また、ろうあ先人への感謝を込め、自作の歌詞「宇宙船 地球号」「ろうあの魂」を、手話舞くらぶの福岡圭一さんの作曲、山口まち子さんのご協力で披露しました。雨の中、ろうあ先人の叫びを天に届けたいという思いで舞い、歌いました。「見せるための音楽ではなく、真の叫び声を音楽にすることで、あらゆる垣根を越えられる」と実感しました。手話を知らない子ども連れの観客や渡良瀬ライブサークルの皆さん、遊園地職員の方々が温かい拍手をくださり、中には手話で「ありがとう」と話す方もいて、心が震えました。この貴重な体験をくださった皆さまに心より感謝します。真剣に生きる人間として、これからも「上州ろうあ魂」として、ろうあ先人の思いを胸に、心と魂で語り続けます。

公明新聞2025.11.02

障がいを乗り越えて夢を追う

私には聴覚障がいがあり、「上州ろうあ魂」代表として、手話の普及や聴覚障がい者の権利啓発などを目的に、全国で講演会や演劇活動などを行っている。今秋、日本初のデフリンピックが開催される。耳の聞こえない人々がスポーツで夢を追う姿は、多くの人に勇気を与えるだろう。スポーツ以外で特筆すべきは、聴覚を失いながら1975年にノーベル化学賞を受けたジョン・コーンフォース博士の存在だ。障がいがあっても、努力と情熱で世界を動かすことができることを証明した。今年のノーベル生理学・医学賞に決定した大阪大学の坂口志文特任教授の座右の銘は「運・鈍・根」。運を信じ、焦らず、根気強く挑戦する精神だという。誰もが挑戦できる社会こそ、真に豊かな社会だ。全ての子どもたちが自らの可能性を信じ、夢に向かって歩める環境づくりを共に進めたい。

毎日新聞2025.10.31

障害あっても夢を追える社会に

大阪大特任教授の坂口志文さんがノーベル生理学・医学賞を京都大特別教授の北川進さんが化学賞を受賞することが決定しました。日本人として大きな喜びです。子どもたちが挑戦するきっかけになることでしょう。それは障害がある人たちにとっても同じです。オーストラリアの化学者、ジョン・コーンフォースは10代で病気が原因で耳が不自由になりました。困難な環境の中で研究に励み、1975年にノーベル化学賞を受賞しました。スポーツの世界では、11月に聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」が日本で開催されます。聞こえない人たちが互いに競い、励まし合い、夢を広げる場となります。坂口さんの言葉「運・鈍・根」。運を味方にし、焦らず地道に努力する精神は、夢の実現に不可欠です。学校や地域で、障害があっても誰でも恐れず挑戦できる環境をどう整えるか、社会全体で考え、行動することが求められています。

毎日新聞2025.10.09

母校の聾学校 誇れる歴史

今月1日、私は母校・群馬県立聾学校小学部(前橋市)を半世紀ぶりに訪れ、戦後80年を機に子どもたちへ講話をした。両親と祖父はろうあ者で、東京大空襲や前橋空襲を生き抜いた。その記憶を手話で語り継ぐのは、私の使命である。子どもたちの大切なまなざしに、平和の尊さを改めて実感した。平和があってこそ教育があり、学びがあり、子どもたちの幸せが開けるのだ。母校には自由で生き生きとした手話環境が根づき、子どもたちの学びがのびやかであることに感動した。さらに群馬発の誇りとして忘れてはならないのは、伊香保温泉で全日本ろうあ連盟が1947年に結成された歴史だ。群馬県立聾学校の卒業生たちの勇気と情熱が礎となり、今日の東京2025デフリンピックへとつながっている。私はその歴史と誇りを胸に、次世代へ語り継ぐ決意を新たにした。

上毛新聞2025.10.07

母校で語り継ぐ戦争

母校である県立聾学校小学部の教室に、50年ぶりに立つ機会をいただいた。今月行われる文化祭「群聾祭」で、小学部高学年が戦後80年を機に戦争をテーマに劇をするため、講話の依頼があったのだ。私は両親、祖父母ともろうあ者で、祖父と母は東京大空襲、父は前橋空襲を体験した。伝承者として、手話で子どもたちに語り伝える役割を担った。真剣に私の手話を追う子どもたちのまなざしに、戦争を知らない世代へ語り継ぐ責任の重さを改めて実感した。50年ぶりに訪れた母校で、先生方が自然に手話を使い、生徒たちが伸び伸びと質問する姿に、自分たちの頃とは違う大きなカルチャーショックを受けた。今は本当に恵まれた時代であり、この学びを礎に、将来社会に尽くす人材へ育ってほしいと願わずにはいられなかった。今、11月に日本で初めて開催される聴覚障害者の国際総合スポーツ大会「東京2025デフリンピック」が注目されている。さかのぼること戦後間もない1947年、伊香保温泉に全国から約200人のろうあ者が集まり、全日本ろうあ連盟が結成されました。そこには群聾の卒業生も名を連ねていた。彼らの勇気と情熱が、今日のデフリンピックへとつながっている。

上毛新聞2025.09.18

15日は「敬老」と「敬聾」の日

「敬老の日」を迎え、尊敬する皆さまへ。幾十年もの歳月を生き抜き、家族を守り、世の中のために社会を築き上げてきた皆さま。その人生は勝利の証しであり、尊き勲章です。風雪の日々を越え、満面に心の花咲く笑いじわ。その笑顔に人生の輝きと深き愛が宿っています。しかし、叫ばずにはいられません。9月15日は「敬老」の日であると同時に「敬聾(けいろう)」の日でもあります。耳が遠くなっても聞こえなくても、その命は偉大にして無限。ベートーベンのごとく、輝く尊厳の炎が燃えています。老いを敬う「敬老」、聾を誇る「敬聾」、世のために尽くしてきた歩みを、私たち若き世代は忘れません。敬老・敬聾の皆さま、さらに生き抜け。心の底からお祈りします。

聖教新聞2025.06.28

言葉に真心込め夫妻で対話広げ

5月19日付の「名字の言」に「言葉と、生きていく。」との聖教新聞社のキャッチコピーを通して、言葉に真心を込める大切さが記されていて、感銘を受けました。私の夫は、ろうあ者です。目で言葉を聞き、手で言葉を表現します。義父母も、ろうあ者です。戦時中に大空襲を経験した義父母は、真実の平和と幸福を求め、1974年(昭和49年)に創価学会に入会しました。筆談で座談会に参加し、聖教新聞を熟読する義父母の姿に、私は信仰の深さを感じていました。その両親の背中を見て育った夫も同じく聖教を熟読し、「SOKAチャンネルVOD」の番組を字幕で視聴。その感動を妙音会(聴覚障がい者のグループ)のメンバーに伝え、励ましを送っています。また、創価の哲学を手話で紹介する動画をSNSに投稿しています。まさに、夫は「言葉と、生きていく。」姿を体現していると想います。そんな夫の振る舞いを見て、私は97年(平成9年)に入会しました。「名字の言」には、「人間は言葉なしに生きられない。『言葉の力』を信ずることは『人間性の力』を信じることである」との池田先生の指針が。私は、この「言葉のカ」には、手話など、あらゆる形の”言葉“も含まれると感じます。今年は、聴覚障がい者の国際スポーツ大会「デフリンピック」が開かれます。これを機に、夫は“言葉“の壁を超え、多くの人に創価の哲学を伝えようと決意しています。私も言葉を大切に、夫婦ともども、師弟不二の心で友好を広げます。

読売新聞2025.03.23

ろう者の戦争体験

ろう者の母の戦争体験を伝えたいー。前橋市の牧山定義さんから投書が届いた。自身も耳が聞こえない牧山さんが「代弁者」として語る、ろう者の戦争体験を聞いた。1945年3月10日の東京大空襲。当時10歳だった母・昌子さんは、耳の聞こえない祖父・釜太郎さんと被災した。空襲警報が聞こえない中、近所の人が投げ込んでくれた石の窓ガラスの割れる振動で異変に気付き飛び出した。激しい炎の中ではぐれながらも約束の上野公園・西郷隆盛像の下で無事再会。戦後は周囲の無理解や差別に苦しみ、親戚から理不尽な言葉を浴びせられたり食事を減らされたりしたが、自分の力で生き抜いた「声なき記憶」を、牧山さんはリアルな手話で力強く語り継いでいる。戦闘機から爆弾が落とされる空襲の様子を手話で表現する際、牧山さんは悲憤に満ちた表情を浮かべた。戦時下を必死に生き抜いた昌子さんの姿を忘れず、これからも障害者の体験を伝え続ける覚悟だ。

公明新聞2025.02.28

「東京2025デフリンピック」に期待

手話にも方言があります。私は、亡くなった両親、兄弟の全てがろうあ者でした。戦後の混乱が冷めやらぬ1947(昭和22) 年、群馬県伊香保温泉の「木暮旅館」に約200人のろうあ者が集まりました。方言の違いがあってもコミュニケーションを図ることができるように、夜通し議論を重ね、やっと「全日本ろうあ連盟」の発足に至ったというエピソードがあります。父親の、「ろうあ連盟の結成は、ろうあ者にとって、歴史に残る偉大な一歩だ!」の言葉は、今でも心に強く残っています。手話は、ろうあ先人たちの血と涙で、生き抜くために守り続けたものだと信じております。時代が変わっても、変わらない精神があります。今秋、日本で初開催される「東京2025デフリンピック」は全日本ろうあ連盟の悲願であり、公明党の全面的バックアップで実現に至ったものです。歴史の1ページを開いてくれた公明党に、感謝の気持ちでいっぱいです。

上毛新聞2024.10.27

兄の貴重な1票

私と直太兄はろうあ者である。直太兄はアルツハイマー型認知症で、慣れない場所に行くとパニックになり予想外の行動を起こす時もあるため、不在者投票に連れて行くのをためらっていた。しかし支援している政党があり、直太兄は「投票する」と決めた。貴重な1票だからこそ、私の妻と共に市役所の不在者投票に連れて行くことにした。投票管理者に事情を話し、妻に通訳してもらって、ろうあ者である私がろうあ手話で直太兄に伝える方法だ。直太兄はひどくパニックになりながらも、ちゃんと政党名を書いた。管理者のアドバイスのおかげで無事に終えることができた。「投票は弾丸よりも強い」。リンカーンの名言があるように、郷土の未来のために投票を!

読売新聞2024.04.24

鳥も身ぶりで「お先に」感動

鳥が「お先にどうぞ」という意思をジェスチャーで伝えるという記事(3月26日)を読み、ろう者の私はとても感動しました。聞こえなくても譲り合い、身ぶりで表現しないとアカンと、ろう者の両親から何度も言われたことを思い出します。鳥もしゃべれないからジェスチャーで表現するのでしょう。ジェスチャーで互いに譲り合う気持ちを持つことは、車の運転や仕事、人間関係など全てによい影響をもたらすと信じています。

読売新聞2023.11.15

佳子さまの手話 感動

ペルーを公式訪問した秋篠宮家の次女佳子さまが、リマ市の特別支援学校を訪れ、スペイン語手話で生徒らと交流されたという記事を読んだ。深く感動し、襟を正す思いがした。動画を見て1か月半ほど練習を重ねられていたという。佳子さまが非常勤嘱託職員として勤務される「全日本ろうあ連盟」は、戦後の混乱が冷めやらぬ76年前、群馬県の伊香保温泉に約200人のろう者が集まり結成された。私の両親もろう者で、連盟の方々とつきあいがあった。先人たちの意思を佳子さまが背負い、海外の手話を表現されている姿に心が温まった。連盟発祥の地である群馬県で生きる一人として、手話での国際交流の活性化を目指したいと決意した。

上毛新聞2023.10.16

ろうあ者に親切な眼鏡店で

ろうあ者である私は最近、聴く力でもある肝心な視力が落ちてきてしまいました。早速、眼鏡を購入しようとけやきウォーク内にある「和真メガネ」に立ち寄りました。店長がすぐ気付き、筆談で対応してくれました。お店には「耳マーク」が小さくて目立たないところにあったので、大きなポスターを作ってほしいとお願いしたところ、数日後約束通り大きなポスターが貼ってありました。真剣に応えてくれた真心に心から感謝します。手話ができなくても、ジェスチャーを通じてコミュニケーションが取れるよう工夫してくれる姿勢に、ありがたい気持ちでいっぱいです。

上毛新聞2023.07.02

私はろうあ者で、認知症の兄と共に

私はろうあ者で、妻は聞こえる者です。私の兄はろうあ者で、認知症です。初めて知った時はショックで泣きながら本を読み漁りました。最も納得できたのは、自らも認知症になった専門医・長谷川和夫さんの「認知症でも心は豊かに生きている」という言葉です。ろうあ文化を生かして工夫しながら暮らしてきたら、心が豊かになっていく兄の姿を見られ、うれしくなりました。手話通訳者養成講座で難しい手話を覚えるより、筆談やジェスチャーで対応の方法を学ぶ「ろうあ者・難聴者・聴覚障害者サポーター養成講座」を設けるべきです。温かい目で見守ることができる人が増えて、住みやすい社会になると信じます。

上毛新聞2022.11.26

ろうあ先人の生き抜く知恵(講演会報告)

ホテル1-2-3前橋マーキュリーでオンライン講演会を開き、視聴者約50人に「ろうあ先人の知恵を学ぶ!危機の時代を生きる術!」と題して講演。ロシアによるウクライナ侵攻に心を痛めていたことから、前橋空襲と東京大空襲を生き抜いた両親のエピソードを紹介した。「聞こえないからこそ考えて生きていく必要がある」「健聴者もろうあ者もお互いに支えていくことが大事」などと訴え、講演の謝礼金はみどり市ろう者協会とウクライナろう者避難民支援チームへ寄付された。

上毛新聞2022.01.22

みんなで支え合う社会に

私と兄の直太(68)はろうあ者です。兄は高崎健康福祉大で清掃として11年間務め、アルツハイマー型認知症と診断され昨年12月に退職しました。大学側はデイサービスに通う時間を確保してくれるなど大変温かい配慮をいただきました。退職の日、事務員のみなさんが集まり全員で拍手してくださり、泣きたいほど感激しました。障害も認知症も誰にでも生じる可能性があります。「お互いさま」と支え合い、共生できる社会をつくろうと思っています。

読売新聞2021.11.16

政見放送手話・字幕義務に

私は聴覚障害者です。衆院選の政見放送で、小選挙区には手話通訳と字幕が付いているのに、比例選には手話だけで字幕がない点が気になりました。手話ができない聴覚障害者や難聴の高齢者も多い。重要な放送はすべての人に開かれるべきであり、手話と字幕の完全義務化という制度改善を強く訴えます。

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